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人文科学専攻その他

コラム 授業のひとこま 第1回 知られざる荘園絵図(1)

2022-01-25

コラム 授業のひとこま 知られざる荘園絵図

大学院人文科学研究科では、大きく二つのカリキュラムを設けています。一つは専門性の高い「言語・文化・歴史探究分野」、もう一つは応用や実践に軸足を置く「表現・実践・歴史活用分野」です。いずれも演習科目を必修とし、さらに「特論」の授業を中心に、興味深い授業を展開しています。ここでは、大学院担当の教員による授業の様子を、専門の研究とも絡めながら紹介していきたいと思います。

第1回 知られざる荘園絵図(1) ― 現地調査特論Ⅰ・Ⅱ

苅米 一志(人文科学研究科長・人文科学部教授。日本中世史)

現地調査特論Ⅰ・Ⅱの授業では、文献資料の読解だけでなく、地理学・考古学・民俗学などの方法論をいかに歴史研究に活かせるかについて、具体的なフィールドを設定して考えるようにしています。今回は特に、地理学の応用方法について考えてみます。

江戸時代の書物になりますが、岡山藩士の斎藤一興が編纂した『黄薇古簡集』という史料があります。藩内の個人や寺社を探訪し、江戸時代以前の古文書(中世古文書)を筆写・集成したものです。その第八巻に「吉井村勘十郎所蔵」として、不思議な絵図が掲載されています。

その前に少し説明をしておきましょう。「吉井村勘十郎所蔵」の文書は、もともと吉井村の吉祥寺という寺院が所蔵していたもので、同寺が廃寺となった際に、村の有力者である勘十郎家に託されたものです。つまり、もとは「吉祥寺文書」であったわけです。上記の絵図には「弘安元年戊亥四月一日」とあり、明らかに鎌倉時代(1278年)のものになります。中央やや右寄りには寺院が描かれていますが、これがかつての吉祥寺なのでしょう。

ところで、この絵図は江戸時代の写しとはいいながら、鎌倉時代の現地の風景を描いたものであり、従来の概念でいうと、いわゆる「荘園絵図」にあたります。荘園絵図一般については全国的に調査が進んでおり、すでに『日本荘園絵図集成』、『日本荘園絵図聚影』として集成されています。

ところが、この吉祥寺の絵図はこれらに収録されておらず、荘園絵図とは見なされてこなかったことになります。おそらく、江戸時代の写しであり、かつ他の絵図のように彩色されていない(白黒)ことが理由と思われます。つまり、情報として疑わしいまたは乏しいと見なされたのでしょう。しかし、これは単純に筆写したものであって、作為を加えたとは思えないことから、歴史資料としては十分に活用できるはずです。

さて、ここからはかなり原始的(アナログ)な作業になりますが、この絵図を写し取り(トレースし)、文字部分を読解して活字を入れていきましょう。作図ソフトなどでも作成できますが、今回は個人的な好みでこのような方法をとることにします。

活字本としては戎光祥出版の『岡山県の中世古文書 黄薇古簡集』があり、東京大学史料編纂所のデータベースでも閲覧できるので、仮に前者を拡大コピーして、トレースしていきましょう。

トレースには、トレーシング・ペーパーとロットリングという製図用ペンを使います。いずれも文房具店で購入することができます。ロットリングを使用すると、濃・淡や太・細などのムラがなく、一様な線を引くことができます。コツは「線を引く際には左右に引かず、必ず手前に引くようにして書く」ことです。したがって、図そのものを回転させながら、線を引いていくことになります。

文字の読解は厄介ですが、くずし字字典なども使用しながら、何とか読解してみました。これもまたアナログですが、「テプラ」という機器で文字シールを作成し、トレースした字に貼り付けていきます。できあがったのが、下の図になります。

これで第一段階の作業が終わりました。(つづく)