2026.02.17
授業・課外研修など
2026年2月7日(土)、授業「日本人の思想」の受講者を中心に、旭川西岸の史跡ウォークラリーを実施しました(教員1名、1年生5名、2年生1名)。昨年度「実に就くプロジェクト」により制作した史跡マップ「ミョーに気になる就実界隈」の旭川西岸部分を辿る企画でもあります。
午後1時、岡北大橋中央に集合、橋西のトンネルをくぐり、ラ・ムー(大黒天物産)の北側の御崎宮に向かいます。出雲方面から移住した人々が祀った神社と言われ、旭川の流路が変えられた江戸初期くらいに対岸の中島のあたりから移設されたとも伝えられています。
ここからの道のりは、以下の通りです。
神宮寺山古墳(4世紀末~5世紀初頃の前方後円墳。当時としては西日本有数の規模。頂上に天計神社)~薬園山長泉寺(岡山藩の藩校第二校舎。薬草園が付属していたことに因み、江戸時代半ばの寺院建立の際に薬園山と命名)~えびす宮(広瀬郷にあった市場の神)~伊勢神社(中世以来の一帯の氏神)~高瀬舟発着場(旭川西岸。堤防と同じく巻石構造)~黄門山瑞雲寺(小早川秀秋の墓所)~天神山(かつて北野天神社が鎮座)~甚九郎稲荷(宇喜多氏の家臣・佐久間甚九郎を助けた白狐の伝承をもつ。明治以後、前掲の天神山にあった北野神社を合祀)~岡山神社(酒匂神社とも。かつては岡山城の敷地にあった)~榎本神社(かつては前掲の伊勢神社境内に祀られていた。瀬戸内諸港の商人から奉納された石造物が多い)
以上を2時間半ほどかけて踏査・見学しました。特に番町付近は岡山空襲に遭っておらず、江戸時代の史跡が良好に残された地域です。
途中から小雨に見舞われましたが、特に支障なく、教員による解説をまじえた見学を終えることができました。この行程にもとづき、本年度は史跡マップ「ミョーに気になる就実界隈2」を制作する予定です。
(文責:苅米)





