就実大学 人文科学部 総合歴史学科

2025.08.20 

【研究こぼれ話vol.009】新しい世界に踏み出すということ

教員の活動

新しい世界に踏み出すということ

 

総合歴史学科 講師

杉山 由里子

 

 私の専門は文化人類学です。「文化人類学」と言うと良く誤解されるのは、海外の民族についての研究であったり、外国の文化の研究であったりと、「海外の人々」における何かを研究する学問だとイメージされがちです。ですが、文化人類学において、海外か国内かは全く問題ではなく、大切なことは、その地域の人々が社会や心の中で共有して持っているものを、うまく掬い上げて捉えていく、ということです。

 また、皆さんがイメージする文化人類学は、お祭りであったり神話であったりと、どこか非日常で華やかなものを研究するようなイメージがあるかと思います。もちろんそのような社会を特徴付けるものも研究の対象になりますが、文化人類学が大切にしているのはむしろ、日常生活のなかにある「当たり前」にこそ注目する、ということです。たとえ文化とまでは呼べないまでも、人々が心の中で共有して持っているものには、自分や他者を理解するための様々なヒントが隠れています。

 

 私はこれまで、南部アフリカに位置するボツワナ共和国(以下ボツワナ)で調査をしてきました。海外で調査しようと決意したのも、広い世界の中に身を置くことで、これまで見過ごしてきた自身の「当たり前」に気が付く必要があると考えたためでした。

 

 とは言え、新しい世界に踏み出すということはとても難しいことです。

 一人で新しい土地に行く勇気が出なかった私は、まず日本で調査するところから始めました。テーマは、「蚕糸業における供養思想」でした。兵庫県養父市の養蚕農家や、群馬県安中市の製糸工場へフィールド調査に行ったりと、多くの方に大変お世話になりました。本で読んだこととは全く異なる現状を知り、実際に自分の足でデータを集めることの楽しさを学びました。

 

 現在は、ボツワナのエスニックグループの一つであるブッシュマンと呼ばれる人々の死との向き合い方に注目しています。皆さんの多くが、アフリカの民族と聞くと、弱者や貧困、社会変容を迫られている人々といった印象を思い浮かべるかもしれません。しかし、実際に彼らと長く生活を共にすると、近代化を上手く利用する柔軟な生き方や、自然と共鳴しながら生きてきた生の蓄積に圧倒されることばかりです

 

 自分にとって新しい世界に踏み出すというのはとても勇気がいるものです。ただでさえ勇気がいるのに、「それをやって何の役に立つのか」、「将来何を目指しているのか」、「今のあなたには責任や資格がないのではないか」と、周囲に説明を求められたり、実際に言われなくても気が付かないうちに自分を制約してしまったり、そうしているうちにチャレンジする気力が失せてしまうという経験があると思います。

 

 しかし、新しい世界に踏み出していなかったら、供養塔の意味もブッシュマンの実際の生活も私の生の蓄積も、机と本とノートの中で終わってしまっていたことでしょう。時には自分をおもむくままに自由に泳がせてみること、他者の生の蓄積に圧倒されてみること、そして自身の日常を振り返ることを、これからも続けていけたらいいなと思っています。

(文責:杉山)

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