就実大学 人文科学部 総合歴史学科

2021.11.22 

【おすすめ!この1冊vol.004】アンゲラ・メルケル『わたしの信仰:キリスト者として行動する』の紹介

教員の活動

【書誌情報】

アンゲラ・メルケル著;フォルカー・レージング編;松永美穂訳

『わたしの信仰:キリスト者として行動する』新教出版社,2018

総合歴史学科 准教授

小林 亜沙美

 

 ヨーロッパ連合(EU)を政治的・経済的に牽引するドイツ連邦共和国で、2005年から2021年まで実に16年間連邦首相の職を務めてきたアンゲラ・メルケル。この本には、彼女が1995年から2017年の間に、主にキリスト教関係の集会や会議で行った16本の講演が収められています。政教分離が政治の基本である日本に生まれ育った私たちにとって、首相という立場の彼女が、物理学で博士号を取った経歴を持ちながら、いわゆる「リケジョ」のような一面を見せず、一つの宗教(プロテスタント)の教えを政策理念の基礎におき、政治方針を語るという姿は異質に映るかもしれません。しかし、そのような異質さを知ることこそが、これからの時代に欠かせない多様性を理解することにつながるのです。日本と諸外国の文化・慣習・考え方についての知識や経験を増やす機会になればと思い、この本を紹介します。

 ドイツ首相としては史上初の女性、史上初の旧東ドイツ出身者であるアンゲラ・メルケルは、ドイツに住む人々に、良い意味も悪い意味も含め「おっかさん(Mutti)」と呼ばれています。私は彼女が連邦首相になる4年前の2001年から2021年までの20年間をドイツで過ごし、まさにメルケル時代のドイツを体感してきました。彼女の行った政策はすべてが賞賛に値するものではありません。特に批判を浴びた政策は、2016年以降の難民政策でした。ドイツ在住の外国人である私ですら、この政策による皺寄せをニュースで見聞きするだけでなく、日常的に感じていました。例えば、私の友人の子供は通っていた幼稚園で難民幼児を受け入れることになったため転園を余儀なくされました。私が通勤時使用していた大きな駅には、ドイツに到着したばかりでまだ難民ハイムに入居できていない大量の難民申請者たちにあふれていました。物乞いをしてくる人も多くいました。難民申請者、難民認定者の起こす凶悪事件(暴行・障害・殺人)が日々あちらこちらで報道され、私は毎日びくびくしていました。長距離電車には難民と思われる方々が無賃乗車をし、車内トイレにずっと隠れており、私を含め一般乗客には大きな迷惑となっていました。大きな駅や人が多く集まる街中では警官が通常腰につける銃よりも二回り位大きな銃を首からかけ、両手を添え、いつでも発砲できるような状態で、警戒していました。常にどこに行っても緊迫した空気を感じました。この様な状態に対しての過剰な反応として、極右思考の人々が増加していったことも残念な結果でした。

 そういった状態がヨーロッパ中に拡大し、メルケルはドイツ国内だけでなく、EU加盟諸国からも大批判を受けます。しかし彼女は、批判をはねのけ「テフロン加工されたメルケル」と揶揄されながら、自分の信じた政策をかたくなに貫き通しました。彼女の当時の難民政策を批判する声は未だに与野党内部からも、大衆の中からも聞こえてきます。

 しかし、一国の首相の政策を、同じ地位に就いたことの無い、ましてや政治家にもなったことがない私たちが批判をするのは、蟻をつぶすのと同じくらい簡単です。ですから、私は彼女の行った政策を否定的に評価しつつも、なぜ彼女がそれをしたのか、何が彼女をそうさせたのか、知ってみたかったのです。この講演集によって、なるほど、私たちと違う宗教(プロテスタント)を信仰し、私たちと違う生活環境(社会主義独裁国家旧東ドイツ)で成人した彼女には、連邦首相としてこのようなポリシーがあったのか、だから彼女は批判されながらも16年間も連邦首相であり続けることができたのか、と改めて理解することができました。

 

 

 

画像は出版社HPより引用

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