薬学科研究・産学連携
2026-08-25
就実大学大学院医療薬学研究科 薬物治療学研究室(北村佳久教授主宰)の研究グループは、ウイルス感染を模した炎症によって睡眠導入薬「ゾルピデム」の作用が強く現れることをマウスを用いた研究で明らかにしました。さらに、この増強作用には、神経細胞内の塩化物イオンのバランスを調節する「NKCC1」が関与する可能性を示しました。
本研究成果は、国際学術誌「BPB Reports」に2026年7月28日付けで受理され、同誌9巻4号(110–116頁)に掲載されました。
■ 炎症によって薬の効き方が変わる?
私たちの体内では、細菌やウイルスに感染すると、病原体から体を守るために炎症反応が起こります。一方、炎症が脳に影響を及ぼすと、精神機能だけでなく、薬に対する反応も変化する可能性があります。
研究グループはこれまでに、細菌感染を模した炎症が、睡眠薬ゾルピデムの作用を長引かせることを報告していました。しかし、ウイルス感染を模した炎症でも同様の変化が起こるかどうかは、十分に分かっていませんでした。
■ ウイルス感染を模した炎症で、ゾルピデムの作用時間が延長
本研究では、ウイルスが持つ二本鎖RNAに似た合成物質「poly(I:C)」をマウスに投与し、ウイルス感染を模した炎症を引き起こしました。その24時間後にゾルピデムを投与し、マウスが仰向けの状態から自力で起き上がれない時間を測定しました。これは、ゾルピデムによる鎮静作用の強さを評価する方法です。
その結果、poly(I:C)を投与したマウスでは、ゾルピデムによって起き上がれない時間が約34分から約80分へと大きく延長しました。この結果は、ウイルス感染を模した炎症によって、ゾルピデムに対する脳の反応性が高まる可能性を示しています。
■ 神経細胞内の「塩化物イオン」の調節が関係する可能性
ゾルピデムは、脳の神経活動を抑えるGABAA受容体の働きを強めることで睡眠を促します。GABAA受容体の作用には、神経細胞の内外を移動する塩化物イオンが重要な役割を果たしています。
研究グループが海馬を調べたところ、poly(I:C)投与後の早い段階で炎症に関係する遺伝子の発現が増加しました。さらに、塩化物イオンを神経細胞内へ取り込む輸送体「NKCC1」をつくるSlc12a2遺伝子の発現が投与5時間後に有意に増加しました。一方、ゾルピデムが作用するGABAA受容体の主要な構成成分には、明らかな遺伝子発現の変化は認められませんでした。
また、NKCC1の働きを阻害するブメタニドをあらかじめ投与するとpoly(I:C)によるゾルピデム作用時間の延長が抑えられました。これらの結果から、炎症の早い段階で生じる塩化物イオン調節の変化が、その後のゾルピデムに対する反応性の増大に関係している可能性が考えられます。
■ 感染や炎症があるときの、より安全な薬物治療に向けて
今回の研究により、細菌感染だけでなく、ウイルス感染を模した炎症によっても、睡眠導入薬に対する反応が変化する可能性が示されました。また、その背景には、神経細胞内の塩化物イオンのバランス変化が関係している可能性があります。
しかし、本研究はマウスを用いた基礎研究であり、ウイルス感染時の患者さんでゾルピデムの作用が必ず長くなることを直接示したものではありません。今後、NKCC1のタンパク質量や働き、神経細胞内の塩化物イオン濃度などを詳しく調べる必要があります。本研究成果は、感染や炎症を伴う患者さんに対して、睡眠導入薬などをより安全に使用するための基礎的な知見となることが期待されます。
【論文情報】
論文名:Poly(I:C)-Induced Viral-Mimetic Inflammation Prolongs Zolpidem-Induced Loss of Righting Reflex in Mice
著者:Teppei Ueda, Yasuhisa Izushi, Yoshihisa Kitamura
掲載誌:BPB Reports, 9(4), 110–116(2026)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bpbreports/9/4/9_110/_article/-char/en
受理日:2026年7月28日