総合歴史学科教員の活動
2025-09-09
過去を航海する–––水先案内人としての「史」と「師」
総合歴史学科 講師
山本 航平
総合歴史学科(ヨーロッパ・アメリカ史コース)教員の山本航平です。私自身の専門はキューバとアメリカ合衆国の近現代史・文化史ですが、授業では近世以降の南北アメリカ史とヨーロッパ史を幅広くあつかっています。以下では、歴史の教育者・研究者としての私の進むべき航路を示してくださった方々との思い出を記してみたいと思います。
歴史(学)のおもしろさに魅了されたのは、県立岡山大安寺高等学校(当時はまだ中等教育学校ではありませんでした)に在籍していたときです。特筆すべきこともない高校生活を過ごしていた一野球部員の私にとって、もっとも楽しみな授業が世界史でした。2008年に入学した同志社大学で西洋史の勉強を始めた私は、3年次から始まるゼミではアメリカ合衆国史をご専門とされるY先生のゼミに所属しました。Y先生には、その後博士号を取得するまで10年以上にわたって指導教員を担っていただくこととなり、また大学院への進学を決意したのも「山本くん、大学院来る気ないか?」という先生の一言であったように、このゼミ選択が私の知的航路を決定づけました。
大学院生(修士課程)となり、最初におこなったことは研究テーマの再考でした。Y先生に相談すると、「アメリカ合衆国史からキューバ史にフィールドを移してはどうか」「まずルイス・ペレスという研究者の本を読んでみてはどうか」という想定外のアドバイスを受けます。今にして思えば、これもまた大きな航路変更でした。ペレスの研究書では、宗主国スペインからの独立を目指す19世紀末キューバにおいて、アメリカ合衆国発祥の野球が人気を博したことが記されていました。その議論の特徴は、植民地主義と密接に結びついた闘牛などのスペイン由来の文化への抵抗として、野球がキューバ人によって戦略的に受容されたことが強調されている点にあります。すなわち、19世紀末キューバの野球は、アイデンティティやナショナリズムの問題と不可分だったのです。
そのような切り口からキューバ史を語るペレスの議論のおもしろさに、私が惹かれるまでに時間はかかりませんでした。結果的に修士論文と博士論文のみならず現在でも、野球を事例として、「キューバ文化とは何か」「キューバ人の国民意識はどのように形成されてきたのか」という問いと格闘しています。博士課程在籍時には松下幸之助記念志財団のスカラシップをいただき、キューバの首都ハバナにある、ハバナ大学サンヘロニモ校で勉強する機会も得ました。キューバ野球史の専門家A先生のもとで学ぶ日々は刺激的である一方、社会主義国ならではの苦労もありましたが、有意義な2年間の留学生活を送ることができました。留学中のエピソードは尽きませんが、それはまた別の機会に譲りましょう。
最後に、指導教員の先生方と並んで私に大きな影響を与えてくれた場として、院生研究室にふれておきます。大学院入学直後、そこに初めて足を踏み入れた私は、数えきれないほどの研究書が並ぶ本棚と先輩方がとめどなく議論を展開している姿に衝撃を受けました。院生研究室では、ひとりで机に向かって文献・史料を読むだけでは研究を進めることはできないということを学びました。私が担当している授業では、学生に発言してもらうことや議論を重ねることを重視していますが、それも院生研究室での経験に基づいたものです。現在の私の教員研究室も、学生がいつでも気軽に足を運ぶことができ、雑談や知的会話ができる開かれた場にしていきたいと考えています。
改めて振り返ると、私の学問観や教育観、あるいはやや大げさに言えば人生観は、歴史学を通じて出会った複数の師の薫陶を受けて形成されていることに気づかされます。自身が史=師に牽引されてきたように、私もひとりひとりの学生に寄り添い、かれらの針路を照らすことができる教育者・研究者となれるよう努力を重ねていきます。
(文責:山本)

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