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総合歴史学科教員の活動

【研究こぼれ話vol.003】J.J.ウォルチェル先生の思い出

2019-09-04

Herinneringen aan Prof. Dr. Jan Juliaan Woltjer (1924-2012)

 

総合歴史学科 教授

櫻田 美津夫

Mitsuo Sakurada 

 

 

 レイデン(ライデン)大学名誉教授ヤン・ユリアーン・ウォルチェル先生は、私のオランダ留学期(19841986年)の指導教授であった。1991年夏に、結婚したばかりの妻をともなってオランダを再訪し、日本に帰る前日に改めてご挨拶に行くと、先生は何やら落ちつかないそぶり。いよいよお別れというときになって、先生はそれまで背後に隠していたストロープワーフェル(キャラメルワッフル:オランダの伝統的お菓子)を取り出された。「東京までは何時間?」と問われるので、「1112時間でしょうか」と答えると、「ちょうどここに12枚ほど入っている。1時間に1枚ずつ食べると、東京に着くころにはちょうど無くなる」と言われて破顔一笑されたのであった。

 ストロープワーフェルは、今では日本国内でも(岡山でも)輸入食品店で簡単に手に入るようになり、神戸市灘区にはオランダ人店主による専門店(→ワーフルハウス)まで存在する。だが当時は現地でしか味わえなかったので、先生から手渡されたときには「まさにこれを食べるためにオランダに舞いもどって来たのです!」と思わず叫んだほどだった。

※左からレイデン大学「施設棟」、J.J.ウォルチェル先生(1986年)、ストロープワーフェル

 

 話は前後するが、1984年の秋から1986年の初夏まで、私は毎週1回、オランダ独立戦争史の権威ウォルチェル先生の個人指導を受けることができた。そのとき一緒に読んだ書物の余白には、当時の質疑応答のメモが数多く残っている。もちろん、これに加えて、先生が書かれたものを熟読することによって、そうした知識はいっそう確実なものとなり、その後の私の論文や本の執筆に大いに役立ったことは言うまでもない。

 先生の著作のなかで今でも忘れがたいのは、あるマルクス主義者の史家がオランダ独立戦争の歴史像が複雑になりすぎてもはや読者を奮い立たせない、どんな文化的機能も果たさないと嘆いたことに対する反論である。その論文の末尾の部分を以下に引用してみよう。

 

 

 「今ここではっきり言えることは、小学校あたりでおなじみの黒白のはっきりした歴史像を今後も維持していくのは不可能だということ、オランダという国家を生み落とした革命の真の姿は相当複雑な像になるであろうということ、それはよりよい理解のための努力を惜しまない人びとにのみ、抽象的思考能力をある程度そなえている人びとにのみ理解できる歴史像であるということだ。これは悲しむべきことだが、避けられないことでもある。非常に複雑な歴史の過程をある段階まで平易化して叙述することは可能であるが、それ以下だと平易化のつもりが歪曲になってしまう許容水準―残念ながらかなり高い許容水準―が存在する。歴史学が、もっと多くの人びとに呼びかけようとして、その水準を踏みはずしてしまうと、私の考えでは、歴史学は確かにその機能を失うことになるだろう。」 (J.J.Woltjer, ‘Het beeld vergruisd?’, in: C.B. Wels e.a.(red.), Vaderlands Verleden in Veelvoud, dl. I, Den Haag, 1980, blz.97)

 

 

 ウォルチェル先生は完全主義者であったので、けっして著作の数が多いほうではない。とは言え注目すべきは、ちょうど時期を早めてレイデン大学を退官された1985年ころ、今後はオランダ独立戦争ではなく、20世紀オランダ史を書き上げて、それを踏まえてまた16世紀の建国史にもどって来たいのだとおっしゃっていて、実際にそれを成し遂げられたことだ。つまり、いわゆる「現在と過去との対話」を口先だけでなく実践された点である。以下は、先生の主要著作の表紙だけを並べてみたもの。どれも、今日、そのテーマを学ぼうとする人びとにとっての古典となっている。

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