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学科イベント

3ゼミ選択説明会・卒業研究発表会が開催されました

 2025年1月31日(金)、次年度2・3年生向け表現文化ゼミナール(以下「ゼミ」)選択説明会と卒業研究発表会が行なわれました。これは、これからゼミを選択するわたしたち下級生を対象として開かれる行事です。また卒業研究発表会では表現文化学科4年生による卒業研究論文概要が発表され、これによって研究の方法と内容の概略がわかります。

 先ずゼミ選択説明会では、次年度上級してゼミに入り本格的に研究を始める現1・2年生のため現3・4年生が各ゼミから2名、所属するゼミを代表してゼミの研究作業について説明してくださいました。ゼミ所属後2年間の活動スケジュール、過去の先輩がたの卒業研究タイトル、各ゼミ指導教員が実際にどのような指導をしてくださるかなどについて、所属する先輩の視点からの紹介を聞くことができ、ゼミを選択する際の参考になりました。

 また卒業研究発表会では、瓦井裕子ゼミ(古代文学)から森山結夢さん、鯨井綾希ゼミ(現代語)から塩尻海琴さん、松本潤一郎ゼミ(評論)から谷野公亮さんが、ご自身の卒業研究について発表されました。発表会冒頭で、学科長の浅利尚民先生から「2年生の皆さんも4年生になったら卒業研究を発表する機会がありうるので、どのように発表するのか学びながら見てください」というご挨拶がありました。


 森山さんの研究タイトルは「源氏物語 紫の上の最終歌における表現」です。物語中、紫の上の最終歌「おくと見るほどぞはかなきともすれば風にみだるる萩の上露」において紫の上の命が「露」に喩えられた背景にあるものを研究されていました。紫の上と光源氏、明石中宮の関係性、紫の上が亡くなるまでの流れを重視し、物語内で「露」を用いた他の和歌と紫の上の最終歌を比較して「露」がはかなさを象徴する語として用いていると推測したうえで、源氏が紫の上の死に対して詠んだ和歌の多さから、紫の上の死が源氏の人生に大きな影響を与えたと分析しておられました。また紫の上は自分の死を予感しており、亡くなるまでの他者とのやり取りは、紫の上にとって自己を見いだすためのものだったと考察されていました。


 塩尻さんは「年代ごとによるヒット曲の特徴とその変化」というテーマで発表されました。塩尻さんは近年、音楽との向き合い方の変化に伴い楽曲にも変化が見られるのではないかと仮説を立て、歌詞に用いられている語彙を中心に、年代ごとのヒット曲の特徴とその変化を研究されたそうです。その結果、愛という語の使用率が高いことが明らかになりました。この言葉は「恋」とは異なり、恋愛以外の場面においても使用することができます。これに関連して1980年以降、「ジェンダー」という語の出現によって、「男」「女」という語の使用率が減っていきました。また90年以前は「俺」が頻出していましたが年々使用されなくなり、反対に「僕」が使用されたり「君」の使用が増加したりした一方で、「おまえ」という表現が見られなくなったりもしており、これらの現象から一人称・二人称の使用に変化が起きたとわかります。その他、歌詞に現われる「手」の用法を調べたところ、この言葉が90年以前には一人でもできる動作に使用されることが多かったのに対し、2000年以降は一人ではできない動作を指す使用が増えていったとわかり、「手」の意味に変化があったことを指摘されていました。このように1980年代から2000年代にかけて、歌詞に大きな変化が見られたと考察されていました。


 谷野さんの研究タイトルは「ユートピア的想像力と有限性についての考察――プラトーノフ『チェヴェングール』を中心に」です。『チェヴェングール』は旧ソ連の作家アンドレイ・プラトーノフが書いた、ロシア南西部チェヴェングールという場所を舞台としたユートピア小説で、同地に住む人々の政治思想と生活を描かれています。チェヴェングールの住民たちによって成立したユートピア的共同体は、物語の最後で崩壊します。出版当時は評価されませんでしたが、現在になって世界的に再評価されている作家です。谷野さんはイギリスの批評家マーク・フィッシャーの「資本主義リアリズム」という概念(資本主義が唯一の政治・経済体制であると考え、他の社会を想像することすらできない状態を指す)を参照しつつ、ユートピア的想像力とは現在の社会にとっての根源的な他者性と差異を想像する力のことであると述べておられました。そして、現代において出現するユートピアは、資本主義とは異なる社会を想像するための価値観を持つことの不可能性を示しているのではないかと分析し、今日におけるユートピアの機能は、私たちが精神的・イデオロギー的に囚われの状態となっていることを、この不可能性そのものを提示させることによって、自覚させることにあると結論づけていました。

 来年度からゼミで卒業研究をする現2年生にとって、ゼミ選択の前に上級生の研究内容を知ることのできる、有意義な機会でした。説明をしてくださった先輩がた、発表してくださった先輩がた、どうもありがとうございました。     
         

(表現文化学科2年:原田(文責)、髙木・堤・寺川・西原(校正))

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