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人文科学専攻 その他

コラム 授業のひとこま 第10回  ある文献資料との再会

2022-06-08

第10回 ある文献資料との再会
川崎剛志(人文科学研究科・人文科学部教授。日本文学(中世))

私は山岳信仰を支えることばと書物の世界を研究しています。

山岳信仰は体と心のはたらきが中心だと考えられがちですが、信仰が定着し、継続するためには、信仰するに価する、立派な起源と歴史の記された書物が不可欠です。それが実在すれば問題ないのですが、実在しないか、実在しても満足できない内容であるのが常のことで、それならば、と立派な起源と歴史の記された書物が創作されることになります。

私の研究対象とする文献資料の大半は、山岳信仰の盛んな寺院で作られ、写されたものです。しかし、それらはもともと所蔵されていた寺院に伝来するばかりでなく、何らかの事情で他の寺院に移されたり、図書館や博物館、古書店や書物の愛好者の手に入ったりします。だから、書物や資料と出会えるかどうかは、人的ネットワーク、情報ネットワークもさることながら、縁にもよります。さらに、一度出会えたからといって、再会が確約されるわけでもありません。

最近、ある文献資料と、予期せぬ、うれしい再会を果たしました。2009年11月、東京古典会の古典籍展観大入札会に『金剛山内院外院建立勧進帳』(弘長二年、1261)が出品されている、と知人からメールが届きました。この大入札会は良質の古典籍が出品される年一度の催しで、メールには目録に載せられた数行分の写真も添付されていました。金剛山は奈良県と大阪府・和歌山県の境をなす葛城連峰の主峰です。鎌倉中期、金剛山の寺社の大規模修造のため寄付を募った文章がこの勧進帳でした。急遽上京して、少しだけ開かれた状態の巻子本をじっと見たのを覚えています。価値の高い資料だから、しかるべき研究機関か博物館が購入して、一、二年後には広く閲覧が許されるだろうと、甘く考えたのが運の尽きで、所在不明のまま十年以上が経ちました。小著『修験の縁起の研究』(2021)をまとめた時も不明で、数行分の写真に頼るほかありませんでした。

2009年よりも少し前、私は金剛山の起源と歴史の記された『金剛山縁起』(最古の写本は鎌倉後期写)に関する論文を発表しました。同論文で私は、弘長元年九月、淀津に上洛する船に五年間課税してそれを金剛山の修造費に充てるとの宣旨が下されたこと(『妙槐記抄』所収宣旨案)に注目し、その修造事業と関わり、修造の目標とすべき壮大な信仰空間を示すために『金剛山縁起』が偽撰された、と推定していました。そうした経緯から、弘長元年の宣旨案に、翌二年の勧進帳が加われば、大規模修造事業の骨格がより鮮明になると胸を躍らせたのですが、思い通りにはいきませんでした。

2021年末、別の知人からメールが届きました。小著に所在不明と記した、あの勧進帳らしき資料を入手したとの知らせでした。厚かましいお願いですがと前置きして、閲覧を切望する旨のメールを返したところ、快諾いただき、先日、熟覧の機会を得ました。モノの示す情報は何物にも代えがたいものです。大ぶりの巻子本、天地に装飾の施された料紙、見事な手跡、どこを取っても、その勧進帳は大規模修造事業にふさわしい風格を備えていました。写しではなく、オリジナルの可能性が高いと思われます。

現在、十数年前の課題に取り組んでいます。十数年前、この文献資料を精確に評価するだけの器量が私にはなかった、十数年後に再会したほうがよかった、とポジティブに考えています。